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「実はさ、昨日言いそびれてたことがあって。萌優、落ち込まないで聞いてね」
そんな前フリに、聞きたくないですと言う拒否権はないのかとチラリと思ったけれど。
そんなものがあるなら、八重子先輩が勝手に話し始めるわけがないと諦めて、私はこれ以上落ち込まないぞ、と腹を括った。
「萌優の声がさ――昔好きだった人に似てるんだって」
けれどその括った腹は、括りきれていなかったと分かった。
今さっき聞いた『トキ兄の隣にいた女の子は私だけ』っていう嘘かホントか分からない事実を忘れ去るほど、奈落の底に落されたかのような気持ちにさせる。
そっか、だから私の隣に居たのかもしれない――そう思わざるをえないほどの破壊力がある。
八重子先輩の一言は、一瞬浮上した私の気持ちを、これでもかと言うほどに深く沈めた。
冗談に出来るほどの落ち込みじゃなくて、私は心だけじゃなくて身体もめり込んで消えそうだ。
「八重子先輩。それ落ち込むなっての無理ですよね?」
言葉にもならない私の代わりに、真子がそう突っ込んでくれた。
うん、ありがとう真子。
それすらも声に出来ない程に動揺した私の手を、横からそっと握ってくれる小さな手。
補佐とは大きさが全く違うその手は、小さいけれどとても安心できる温もりだって私は9年前から知ってる。
衝撃に固まる私を慮ってか、先輩は補充説明をつけようとしてくれる。
「いや、早とちりはしないでよ? ……あーでも、嘘でもないんだけどさ」
――もうっ! どっちなんだよ!!
って突っ込みたくなるのをぐっとこらえて、思わず先輩を睨みつけてしまう。
「もーゆーちゃん。ゴメンってば。ちゃんと説明するから続き聞いてよ、ね?」
けれど美人に素敵な微笑みを浮かべられると、私の睨みなんて全く歯が立たなかった。
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