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早くに出勤したら、総務課にはまだ誰も来ていなかった。
早速ぞうきんを絞って、机を水拭きをする。
受話機も丁寧に拭いて、コピー機の電源を付けて回った。
電気ポットにお水を入れて沸騰させて……後は何しよう――なんて思いながら食器棚を見ると、お茶の色が残ってしまっている急須が目に付いた。
そういえば……近々会議があるんだっけ、と思い出す。
今時古いかもしれないけれど、重役ばかりが集まる会議ではお茶の用意をしなくちゃいけない時もある。
その準備は秘書は勿論のこと、企画室か総務課もすることが多い。
急須を棚から取り出して、水切りバッドに4つ乗せると私は給湯室に向かった。
給湯室にハイターがあったはず……と思ってごそごそ探すと、見つけることは出来た。
けど――
「誰よ、あんなとこに置いた奴は」
上の棚、しかもちょっと奥の方に片づけられていて、私の背伸びでは届きそうにない。
渋々ジャンプしてみると、指先が掠っただけでむしろ奥へと押し込んでしまった。
「最悪……」
げんなりして上を見上げていると、たった一言で私の心臓に奇妙な動きをさせる力のある声が、私の背後から聞こえた。
「おはよう」
その挨拶にぎこちなく振り返ると、そこにはやはり想像どおりの人がそこに居た。
怖くて顔を上げられない。
「……は、よう、ござい、マス」
うまく言葉が出なかったけれど、なんとか挨拶だけはできた。
そろりと顔を上げていくと補佐の顔が見える。
視線が合うと、少しだけ苦みを含んだ表情を浮かべているのが分かった。
私も気まずいけれど、補佐だって気まずいんだろうなってそんなことに気が付く。
告白してフラれた部下と……自分の過去を晒した上司。
どっちが恥ずかしいのかは私には見当もつかないけれど、少なくとも今まで通りの関係ではもういられなくなったってことは感じた。
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