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「あ、ちょっと待って!チキン買ってなかったわ。」
彼女のこういう所には毎度苛立ちを覚えるが、僕はとりあえず抵抗を試みることにしている。
「はあ?まだ何か買うの?
もう疲れたよ。早く帰ろう。」
「だって、貴方がクリスマスにチキンは外せないって言ったんじゃない。」
「いつ言ったよ?そんなこと。」
悪いけど、そんなこと話した覚えはないよ?実際、僕はチキンよりビーフが好きだし。
「ママー、僕おなか空いたー。」
「ごめんね、健太。あと一軒寄ったらすぐに帰るから。
ねえ、貴方ったら!ちょっと待ってよ。好きでしょう?チキン。そう言ってたもの。」
「だから、言ってないよ。」
君、僕の話聞いてる?
「言ったわ、間違いなく。覚えてないの?ほら、三年前香奈んちのクリスマスパーティーに呼ばれた時…」
また始まった。
彼女は思い込みが激しいんだ。
「そんな昔のことなんていちいち覚えてないよ。」
「昔って、三年前の話じゃない。」
僕には十分昔だよ?
「ねえ、ママー?」
「だいたいピザも取るんだろ?
いくら何でもそんなに食えないよ。」
「だけど…」
「いつも無駄遣いするなって言うのは君だろう?いいからもう行くよ!」
「やだ、ちょっと待ってよ!
ねえ二人とも、待ってー…」
もう、止めた。
幾ら話した所で引くわけないんだ、彼女は。
僕は健太の手を取り、師走の街をずんずん突き進む。
いざとなったら、電話してくるさ。
この街に、一箇所だけのスクランブル交差点。
点滅する歩行者信号を見ながら、健太と二人早足で駆け抜ける。
信号は、赤。
僕と彼女の間を行き交う車と市電が塞ぐ。
いつも、こう。
まるで僕らは、エンドレスのコメディ・ショウだ。
いつからだろう?
見えない何かが邪魔をして、二人の会話はもうずっと噛み合わない。
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