寒椿

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ふと目から水滴が溢れ落ちた。頬に手を触れると生暖かい液体が流れてくる。 僕は泣いているのか。 彼女が死んだ時から今までずっと出なかった。泣けない事が申し訳ないと同時に怖かった。 本当に彼女の事が好きだったのか。 確かめたくても、彼女はもういない。 それだけじゃない。 悲しみが消えていく。 寂しさが消えていく。 僕の心にあったはずの彼女が消えていく。 それがただ、怖かった。 温もりが僕を包んだ。誰かが僕を抱きしめてくれている事にようやく気付く。 ぼやけた頭で振り向くと、そこには彼女によく似た顔があった。 「もう、やめようよ。こんな事してもお姉ちゃんは喜ばないよ。苦しいんだよね?寂しいんだよね?どうしようもないんだよね?でも、もう、やめてよ」 湿った声が響き、じんわりと背中を涙が濡らす。彼女と似ていて、だけど違う匂いに僕はただ嗚咽を漏らす事しか出来なかった。 「どんどん、溢れていくんだ。あいつの声も匂いも言葉も…僕の中から消えていくんだ」 すくった水は手を簡単にすり抜けて溢れていく。それが嫌で僕は何度も水をすくい続けた。 何度も何度も、何度も。 だけど水を塞き止める事は出来ずに、手の平には涙だけが残っていた。本当は気付いていたはずなのに水と間違えていたくて、涙を流し続けてきた。 「皆、知ってるよ。あなたがずっと泣いてる事を。涙なんて流さなくても心の中で、ずっと泣いてた。今もずっと」 涙を流し続けたくて自分を傷つけてきた。だけどそれでも涙は枯れ果てて、手の平にはもう水はない。
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