寒椿

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「私がいるよ、それじゃあダメかな」 心にポッカリ空いた穴に声が響いた。僕の心を満たそうと掛けられた言葉が嫌で嫌で仕方ない。 「彼女がいなくなって、その穴埋めに妹の君を使えって言うのか?ふざけるなよ。君は、あいつじゃ、ないだろ」 絞り出した声は自分でも驚く程、低く冷たい。でも温もりは僕を見捨てる事もなく優しく包みこむ。 この手を振り払えないのはなぜだろう。彼女を拒絶できないのは、本当は僕が誰よりも求めているからじゃないのだろうか。 寂しく空いた心の穴を彼女を使って満たしたい。 なんて愚かで醜悪な事か。 「行かないと」 できるだけ丁寧に手を振りほどいた。だが失敗したらしく彼女は尻餅をついて僕を見る。 「ごめん、でも、これで終わりにするから」 安っぽい緑色の如雨露を片手に立ち上がる。 「……わかった」 「ごめん、本当に、ごめん」 こんな言葉しか掛けられなくてごめん。だけど、どうしようもないんだ。 あの寒椿の元に行こうと足を踏み出した。すると手が温もりに包まれる。 「私も行っていい?」 嫌だと言いたかったけど、その笑顔を見ると何も言えなかった。 いつもなら少ないなりに人がいるはずなのに今日は誰もいなかった。寒椿はいつも通りに堂々とした姿を晒している。 僕は、それを見て。 虹を作る事が出来なかった。 視界が滲む。何で枯れはててた癖に、今更こんなに涙が出るんだろう。 「……ッ」 嗚咽が漏れた。ずっと関止め続けた、どうしようもない感情の奔流が僕を飲み込む。 「本当は、わかっていたんだ。全部全部わかっていた。君がいない事も、どうするべきかも!全部全部全部!わかってはいたんだ、だけど!!」 認めたくない。 静かな街に声が響いた。 「君がいない世界に、何の意味があるのか、僕にわからない」 わかりたくもない。 僕の世界の中心は君だ。 それがなくなれば世界は止まるはずなのに。 世界はずっと続いていく。 どんな日も昨日になってしまうのだ。
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