記憶

12/26
前へ
/38ページ
次へ
================ 重い扉を開け、洒落た照明のエントランスを抜ける。 クラシックの流れる店内は夜景が綺麗に見えるよう暗くなっていた。 店内を見渡すとたくさんのボトルが並んだ壁に沿うように作られたカウンターで強面のグレーのスーツを着た男性が手を上げた。 「大友さん。お久しぶりです。」 俺は声をかけ横のスツールに腰を降ろした。 「おう、達也だな。悪いな。こんなとこまで出てきてもらって。」 俺の服装を見て、『達也』と呼びかけてくれる。 この外見に似合わない細やかな気遣いが心地よかった。 一見ヤクザの幹部にしか見えないようなカタギじゃ出せない雰囲気を持っている大友さんだったが、実は元警官で今は個人向けのシークレットサービスで働いているのだ。 今日もクライアントをホテルまで警護を終了した後、会う約束をして、ホテルのバーで待ち合わせしていたのだ。 「いえ。先日はありがとうございました。」 「おう。めずらしかったな、あんなチンピラと睨みあいなんて。」 「ええ。絡まれて困ってました。」 苦笑して俺は答えた。 厳密には美香が騒動に飛び込んだのだが。 今日は、先日の駅前での騒動の時に偶然通りかかって助けてくれた大友さんにお礼をしようと待ち合わせていたのだった。 バーテンが注文を聞きにやってきたので黒ビールのカクテル「ブラックベルベット」を頼んだ。 いつもよりは強い酒を頼んでしまったのは、なんだか呑んでしまいたい気分だったからだ。 「あの時一緒にいた威勢のいい女性は彼女か?」 「…いえ。あの後フラレました。」 「あはははは。そりゃ惜しいことをしたな。いい女だったのに。」 大友さんはビールを片手に豪快に笑う。
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加