158人が本棚に入れています
本棚に追加
/35ページ
◇
無数の雨粒がアスファルトを打ち付け、街全体を潤していく。道行く人々は当然傘を差し歩いており、中には相合い傘をしている者もいる。ここにもまた、そんなラブラブな組がいた。
大介と芦長である。
「何で俺がオッサンと相合い傘しなけりゃいけないんだよ」
「仕方ないだろう。喫茶店の外に置いていた俺のビニール傘は盗まれていたのだからな。それと、オッサンではない。俺はまだ二十九歳だ」
雨が降ると、同時に傘の盗難も頻繁に発生する。特に安価であるビニール傘は、安いが故に犯人も罪悪感が少ないらしく、狙われやすい傾向にある。
「なら、コンビニで新しい傘買えよ」
「断る。それでは盗人に負けた気分になるからな」
「男同士の相合い傘の時点で十分敗北者だろ」
周囲の視線を気にする大介に対し、あまり気に止める様子のない芦長。髪は汚れ髭もまともに剃っていない彼は、元々他人からどう見られるかなど気にしない人間なのであろう。
残念な相合い傘を先導して歩いているのは、依頼人の節沢である。大介は一度芦長を節沢の傘に入れようとしたのだが、「僕と相合い傘していいのは、愛しの彼女だけだ!」と物凄い剣幕で怒られ、現在に至る。
「着きました」
節沢が立ち止まって見上げたのは、ごく一般的なビジネスホテル。ここに大介が護衛をする桜ランクの彼女が宿泊しているらしい。
「今呼んでくるので、二人はそこで待っていてください」
そう言い残し、節沢はホテルの中へと消えていった。降りしきる雨の中、相合い傘をした男二人がホテルの前に立っている。
「気持ち悪い絵面だな」
「何の話だ?」
「説明したくもねーよ」
溜息と共に吐き捨て、大介は言葉を続ける。
「節沢さんのいないうちに聞いておきたいことがある」
「何だ?」
「護衛対象のことだ」
大介は曇った表情で疑問を述べた。
「フェイルが狙うのは、危険度の高い“桜ノ下”からだ。だが、桜ノ下とまでなると発現者はほとんど生存していない。となると、一番の標的は“桜ノ中”になる。奴らの目的がそこに集中しているからこそ、俺のような“桜ノ上”が狙われる可能性は少ない。……彼女さんのランクは“桜ノ中”なのか?」
最初のコメントを投稿しよう!