―其ノ肆―

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 大介がこのアパートで一人暮らしをしているのは、火災等で万が一にも家族を燃やしてしまわないためである。しかし、それは念には念を入れての判断であり、室内で危険が出現して大介がそれに自らの意志で飛び込むなんて状況は、まず起こりえないだろう。  勿論、家族以外は燃やしてもいいなどとは思っていない。言技についての説明を聞いた上で大家さんは住まうことを了承してくれているし、この破天荒な名前のアパートを燃やすなどあってはならないと大介自身思っている。  アパートにて言技による火事を起こす可能性は、ゼロに近いであろう。――それでも、ゼロではないのだ。  拭いきれない己の言技への不信感。炎に関してだけは、今でも制御することができない。桜ランクのレッテルは、決して剥がれ落ちてなくなったわけではないのだ。  ぼんやりとそのようなことを考えながら、大介は段ボールの中身を取り出し叶に見せた。 「硯川ー、コレは?」 「あ、それは……ッ!」  叶の表情が凍り付く。その反応に疑問を感じ、大介は自分がろくに確認もせずに取り出したそれに目を移した。  彼の右手には、桜色のパンティーがぶら下がっていた。互いの顔が一気に赤くなる。 「うわっ!? あ、違うっ! これはわざとじゃなくて! そのっ」 「いっ、いいの大介君っ! 私もちゃんと荷物確認してなかったし。と、とととにかくその段ボールは私が仕分けるから」  風のように素早く大介の手から下着を奪還すると、叶は開かれた段ボールを抱えて距離を取った。大介はまだパンティーの感触が残っている右手を何とも言い難い表情で見つめている。  気まずい空気が部屋に流れる。相手が叶ではなくきずなであったなら、思いっきり怒られて終了という形にできたであろう。照子であったならば地獄のそこまで落とされ、育であったならば翌日撲殺された遺体となり発見されている。  しかし、叶は違う。言技“泥中の蓮”の発現者である彼女は、基本的に怒ることができないのだ。恨みや妬みという感情を知らない彼女は、今回も自分が悪かったということで済まそうとしている。 「硯川っ!」大介は言う。「俺を殴れ!」 「そっ、そういうわけには。悪いのは私だし」 「いいから殴れ! これは俺のケジメだ。それで終わりにしよう」 「……わかりました」
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