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お互いにスッキリすると踏んだのであろう。叶は大介の要求を呑み、右手を振り上げた。しかしながら、その右手にはまだ先程の下着が握られている。
「ま、待てっ!」
「てーいっ!」
放たれたのはパンツを握った女子の拳。痛みは少なく、これでは寧ろご褒美であった。
「こ、これでいいの?」
「うん。何かもう逆にゴメン」
ケジメを付けるはずが思わぬご褒美を貰い、大介はこの件をこのまま流すことにした。それでも、嫌な空気は取り除くことができたようであった。
◇
二時間後。
引っ越しが完了した部屋で、大介は叶と向き合う形で座り紅茶を頂いていた。コーヒー派である大介は、普段あまり飲まない紅茶の味に驚きを見せる。
「へぇー、紅茶って結構イケるな」
「お母さんが拘る人でね、いいのを持たせてくれたの」
「あのお母さんがねぇ」
大介の脳裏に蘇るのは、謝罪に伺った時に見た包丁を持つ叶の母の姿。もし先程のパンツ事件のことがバレたら、今度こそ刺されるのではないかと大介は身震いする。
叶はポットを取り、大介のカップへおかわりを注ぐ。空のカップが琥珀色で満たされた頃に、大介は怒っておくべきことを思い出した。
「そういや、酷いぞ硯川。昨日村雲の告白練習の時、気絶した俺をほったらかしにして帰っただろ」
「え?」
「とぼけても駄目だぞ。放置されてたってのは剣岳から聞いてるからな」
「剣岳君がそんなことを?」
どうにも反応がおかしく、大介は怒るに怒れない。叶はしばし考えるような仕草を見せ、ゆっくりと口を開いた。
「誤解があるみたいなんだけど……大介君を保健室まで運んだのは私達だよ?」
「……え?」
大介は混乱しながら昨日のことを思い返してみる。ベッドの上で目覚めたあの時、その場にいた天吾は間違いなく「廊下で気絶していたのを僕が運んだ」と言っていた。
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