クランクアップ #2

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クランクアップ #2

「誰も来ませんね」  放課後、テーブルで紅茶を飲んでいた桜子さんが呟いた。桜子さんと宗太郎目的の新入生なら何人か来たが、例外なく僕が追い返してやった。しかし、客足が途絶えた今になって後悔の念が生まれてきた。せめて形だけでも入部してもらえばよかったかもしれない。肩をすくめる僕の姿を見て、桜子さんは慌てて言葉を付け足した。 「あ、いえ! 部長を責めてる訳じゃないんですよ? 部活紹介のアレは機械のトラブルが原因ですし」 「ありがとう犬鳴さん。でも悪いのは僕だ。機器のトラブルも視野に入れておくべきだったんだ」  僕はコーヒーを啜り、深く溜息をついた。その後でこれでは余計に桜子さんに気を使わせてしまうと思い、ハッとして顔を上げた。桜子さんは、何故か難しい顔をして首を傾げていた。 「どうかした?」 「いえ、些細なことなんですけど……部長、昨日は私のこと『桜子さん』って呼んでませんでしたか?」  呼んでたかもしれない。状況が状況で色々テンパってたからな。うわぁ、恥ずかしい! もしかして、嫌がられたかな? 「ご、ゴメン。これからは気をつけるよ」 「私は名前で呼んでくれた方が嬉しいです」  その一言で、辺り一面に花が咲いたような錯覚に陥った。桜子さんは、僕を見て天使のように微笑む。どこぞのヤマンバギャルにも見習ってほしい。 「だって、名字にさん付けなんて他人行儀じゃないですか。なんなら『桜子』って呼び捨てでも構いません」 「そんな! 滅相もないっ!」  両手を手前でブンブンと振り、僕は遠慮した。桜子さんを呼び捨てだなんて、考えただけで顔が火照る。そんなことが日常茶飯事になったら、きっと僕はオーバーヒートしてしまうだろう。 「じゃあその……さ、桜子さんで」 「はい」  承諾し、彼女はニコリと微笑んだ。  アレ? なんかいい雰囲気じゃないかこれ?
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