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嵐山で、きれいな紅葉を見ながら歩いて。
岡野くんは、猿の出現に驚いた私をかばうように立ってくれて。
その後は、手を引かれた。
びっくり、したけど。
「嫌?」
「ううん」
いやじゃない。だけど。
安心したように岡野くんは、そのまま私と手をつないでいた。
でも。つないだ手が、違う。
そんなの、当たり前のことなのに。
もう、ずいぶん前のことなのに。
覚えているのは、その手そのものじゃなく、私の気持ち、なのかもしれない。
「このまま、付き合わない?」
そう言われたのは、帰り道。
もうすぐ、都香駅に着くかなという頃だった。
「……ごめんなさい」
「即答? なんで?」
「好きな人がいるから」
「……付き合ってないんだろ?」
そのあたりは、もしかしたら明日菜から聞き取り済みなのかもしれない。
私は黙ってうなずいた。
「だったら。えーと、付き合うってことじゃなくて、また会って、もうちょっと俺のこと知ってから返事くれない?」
無理、だと思う。
岡野くんは―――こんな言い方は失礼かもしれないけど、じゅうぶん、付き合ってもいい人。
私には、もったいないくらいかも。
黙っていたら、
「どうしても、無理?」
「うん」
「……そっか」
岡野くんは、ふうと揺れる列車の天井を見上げた。
「なんとなく、わかってたけどね。けど、今日来てくれたから、ちょっとは望みあるかな、って先走った」
岡野くんは、笑って、できれば今後は気にせず友達でいてください、と言ってくれた。
その気持ちが、切なくて、うつむくしかできなかった。
思いがけず、自分に寄せられた好意。
答えられない痛みだってあると知った。
ハルくんは、どうだったんだろう?
……少しは、痛かった?
ハルくん。
私は、いつまで、あなたのことだけを、こうして思っているんだろう?
この痛みに終わりはあるのかな。
いつか、時が自然に消していくのかな。
そうだとしても、今は。
まだ、
胸の奥に、ずっと燻りつづける ――― sweet pein.
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