はじまりの鼓動

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 つり革を持つ、肘の角度が深い。シャツの袖をまくり上げた腕。 「長谷川さん?」 呼ばれて、あわてて視線を外す。 「もう、着くよ」 言われて電車がホームに滑り込んでいるのに気づいた。二駅なんて、すぐだった。  ホームに降りると、別の車両から降りてきた男の子がハルくんに声をかけた。 大学構内に入るまでにさらにハルくんの知り合いが増えて。 「じゃあ、長谷川さん、俺、事務所によるから」 そう言ってハルくんは、行ってしまった。  なんで、だろう。  ハルくんは、とても話しやすい。  なのに、なんでだろう、ハルくんとは話がうまくできない。 「おはよう、美緒」 その背中を見送ってしまっていた私の、後ろから馴染んだ声がした。 「おはよう、千裕」 千裕は、軽く私の腕をたたいて、 「……自覚した?」 と言った。  そうだね。  いつからか、もう、そんなこともわからないけど。 「イバラの道、かもね」 千裕が言った。 「だからって」 「やめられるようなら、恋じゃないでしょ」  これは、はじまり。  ハルくんの後ろ姿から目を離せない。ハルくんが事務所の建物の中に消えても。   胸の奥にはないはずの、こころがぎゅうっと締めつけられて。  それが、なんで、ハルくん、なのか。答えは、もちろんなくて。  ――――息づき始めた、sweet pein.
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