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好きと気づかされてしまうと、もうダメで。
……目線は、いつも彼を追ってしまう。
斜め後ろ、五列分離れた席をキープして。ペンを持つ、肘の角度。
少しだけ傾けられた首。
柔らかそうな落ち着いた焦げ茶の髪は、きっと、さらさら……。
「美緒? 講義、終わったよ?」
前に立って、そう声を掛けられるまで、立ち上がれなかった。
「なーに? また?」
千裕が、呆れたように後ろを振り返る。
ハルくんが、まだ座ったまま他の男子と話している。
慌てて立ち上がった私は、
「視線だけで、射落とせそうだね」
という千裕の溜め息を、そんなわけないよ、と無視をした。
ハルくんと一緒の講義は、週二コマの英語だけ。
名残惜しい気持ちを振り払い、千裕と二人で講義室を出ようとすると、
「長谷川さん」
と、呼ばれた。
振り向かなくても、わかる。
屈託のない、ハルくんの声。
勝手にざわめく心を抑えて、私が顔を向けると、
「川崎の英語の方、全訳してる?」
と、ハルくん。
川崎先生は、今終わった前野先生の講義と違って、英語の古典的な文章を扱っていた。
この前の講義の時に、来週までに、指定されたところを全訳してレポート提出という結構ヘビーな課題が出されていた。
「まだ、全部は終わってないけど」
私が答えると、
「さっすが。長谷川さんならやってるかな、と思って」
ハルくんの隣で、西井君が調子よく言った。
これは、課題をコピーさせてっていう流れ? 私は、千裕と顔を見合わせた。
「でも、まだ……」
終わってない、と言いかけたら、
「分担、しない?」
ハルくんが言った。
「全部やってもらうんじゃ、あんまり都合がよすぎるし。長谷川さんは、どこま
で訳した?」
ハルくんの提案は、するりと通った。
指定ページのボリュームが半端なくて、私も間に合うのかなって不安になってたところだったし。
「私、第三章からやってるよ?」
千裕は、しれっと第二章は私のをもらうつもりだったという。
「佐々木さんって、しっかりしてるよね」
しっかりというか、ちゃっかりというか……。
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