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「良かったです」
そう言って矢野さんは私に爽やかな笑みを向ける。
「無理なお願いを引き受けて頂いて嬉しいですよ。野々村さんに全てお任せしますので、よろしくお願いしますね」
決定ではないけど矢野さんが私が担当すると思い、頭を丁寧に下げた。
その姿に驚愕したのだが、相手はクライアントだ。
失礼のないようにしなくてはいけない。
そう思った私は慌てて立ち上がり
「こちらこそ宜しくお願いします」
同じように丁寧に頭を下げた。
丁寧に頭を下げたものの、この時の私は矢野さんに対して違和感を覚えていた。
さっきまでの不遜な態度を表していたのに、それがまるでなかったように一変して丁寧な姿勢を見せた矢野さん。
そんな矢野さんに対する湧き上がる違和感。
でも、この違和感は今、感じたという訳じゃない。
それよりも前に、そう……あの日見た光景。
川田さんと矢野さんと二人でいた光景を見た時からだ。
あの時はコックだと思った服装はパティシエの姿で。
あの時も今も、矢野さんの姿は同じ。
ここにいる矢野さんは別人じゃない。
あの日も今も同一人物で。
矢野さんだけじゃない。
川田さんも同じだ。
二人に対する違和感。
それはとても大きくて、溢れ出てしまう違和感。
まるでこの違和感は、耳障りな不協和音と同じだ。
頭の中で強く鳴り響く。
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