極光

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「アラク……」 あなたはあれからもう、帰ってくることは無かった。その日、蒼穹の広がる昼、オーロラの輝く夜、私達はあなたを探し続けた、けど。 季節を五度巡った今でも、モラルとか肉体的欲求とか、そんな意識以前の純粋な恋情は、不思議な事に今でも変わらずにいる。 ━━ 私はきっと、彼が死んだことを信じていない。 今もよくこうやって、私は血痕の残っていた場所に座り込んで、そこをじっと見つめている。全てが白く染まったその先に、彼の存在を確かめたかったのかは、わからない。しかし、体が冷えているわけでもなく、私はそこから動けない。 だけど、いつまでもそうしているわけにもいかない私は、何かを断ち切ろうと、そこから跳ねる様に立ち上がった。 そして、背を向けると、我が家の方へゆっくりと歩み始めた。 アザラシの爪の首飾りを、無意識のうちにぎゅっと握りしめたまま。 ……私はジープの助手席に乗って、懐かしの雪原を眺めていた。久しぶりの帰郷。 お腹の赤ん坊も大きくなって、少し動きづらいし、ちょっと車に揺られすぎるのは好きでなかった。しかし、舗装された道路がまだ揺れを抑える分だけましであると思っている。 「そうだな、まだ聞いてなかったが、何年ぶりだい?」 ジャックーー私の夫が、問う。 「そうね、出稼ぎに行ったきり、十年ぶりね」 私は、思い返す。色々な事があった。 ……異文化人ーーカナダ人達は、大きな戦争(第二次世界大戦)が終わったあとから、急速に私達イヌイットに接近した。 彼らは、色々な便利な物をもたらしてくれた。酒、便利な道具、車とか。おかげで、私達の生活は豊かになったかと思えた……しかし、それはイヌイットの文化を蹂躙していった。 私達は貨幣経済の世界に半ば無理矢理取り込まれ、村は荒れていった。自然的な生活を営んできた私達は急な変化と新たな仕組みの複雑さに、モラルが追いつかなかったのだ。私達の間に、個性による対立が明確に形として現る様になった。 私達は、自分達の文化に誇りなど微塵もなかった。それは、異文化との衝突という経験が、ロクに今までなかったからだし、自己顕示がかなり弱いというイヌイット文化の特徴があったからだ。仲の良い客人に自分の嫁を 一日提供する文化があるほどなのだから。
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