極光

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代わりに彼が勝手に揺らしてしまった。 木の板をドタドタ踏む音がして、その玄関扉が開いた。母の顔は、五年前よりもっと老けていた気がして、それは当然であるけどその予想以上で、これは、私の母であるのかと、一瞬疑った。 「まあ、おかえりなさい!」 五年ぶりに聞く故郷の言語に、私は少しだけ安堵したのだった。 客をもてなせるほどの余裕は、作っていたようだ。ロシア風暖炉・ペチカが部屋に与える温もりに包まれながら、私たちは互いの近況報告を交わした。 私の両親と弟と祖母と叔母叔父は、私が妊娠したこととパン屋として独立したことを聞いて、興奮して大変だった。 家族は、イヌイットアートと南方の異文化人から言われる彫刻を作り売り、親戚の兄がなんと、モントリオールの会社で成功を収めたようで、それに私の仕送りもたして、さらに近頃の交通整備の仕事も入って、順風満帆な生活を送ることができていたようだ。 しかし、私の家族の状況と反対に村は見た目通りボロボロになってしまったようだ。 私たちイヌイットは、ハンターであることに意味を見出す。 しかし、貨幣経済に囚われたことにより、イヌイットは優秀な道具を得るのに金が必要になった。つまり、裕福でなければハンターになれないという、不思議な社会構成となってしまったのだ。 貧しさは人の心をも荒れさせ、暴行などの犯罪が横行していて、見るに耐えない。だけど家族はここから移住はしないと言う。やはり、都会は新天地としては不安で、離れ難いらしい。 其の後、私たちは食事をとり、たわいない雑談を交わしていたのであった。 オーロラの美しい今宵だった。私は、ふと、外を歩きたくなった。ジャックと家族もついてきてくれた。 かつての知り合いのおじさんがいた。酒を飲んで、大声で誰かと笑っていた。その酒臭い空間を抜けると、月明かりとオーロラの優しい光に包まれた雪原が広がっていて、私たちは止まることなくそこを歩いた。 何と無く、アザラシの爪の首飾りを握る。幼い頃によく訪れたコケモモ地帯が、目の前にあった。 「ごめん、一人で歩きたい。大丈夫、あまり遠くには行かないし、何かあれば悲鳴あげるから」 私は何を思ったのか、そんなことを言った。なんだか忘れ物をしたような気がして、とにかく一人きりになりたかったのだった。
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