極光

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所詮、罪などもまた、人の心でしかないということだろうか。 私の『感じた罪』は法律に触れてはおらず、大抵の人ならばあなたは悪くないなんて言ってくれるのだろう。私の『感じた赦し』は命を天秤にかけることで得、そんなこと博愛主義者が聞いたら怒ってしまうだろう。 罪など、そんなものだと、私は感じてしまっている。他人が決めて本人中で解決するとは限らない、あまりに不確定な人間の正義の作り出したもので、法律が干渉不可能なさらに深い場所に潜む人間そのものなのだと。 私は、とても穏やかな気持ちだ。 この子を産んで得る赦しは、同時にアラクの辛い思い出からも解放される気がして。彼への思慕を、家族愛として切り離せるのだろう。 (アラク……私、あなたの分も幸せに生きてる) 刹那、私はハッとした。ーー彼の死を、認めてる。もやもやとした気持ち悪さが消えていた。 ここに帰ってきてよかったと、思った。彼の思い出と向き合い、決別できる場所はここしかなかったのだから。 どこまでも私の心は澄んでいた。 「よしっ」 どこか、吹っ切れたような声を出して、揺れる舟の上、私はバランスをとりつつ立ち上がった。 ジャックに会ったら、思い切り抱きしめてやろう。そんな、ハイテンションな気持ちだった。 そして、舟の縁に足をかけて思い切り飛んで、氷上に無事着地した。 そのはずだった。 急に、まるで地球の地面が私をほっぽり出して逃げるような、慣性があるかのような、車が追突された時のような……とにかく、私は何か働く力の様なもので、体勢を崩してしまった。それも、背後の凍れる美しい海原へと。 なすすべがなかった。私は、小さな悲鳴を上げて、手を泳がすだけで、海の闇に体が吸い込まれるのを待つことしかできなかった。 眼前に広がるオーロラが暗く滲んで美しく揺らぎ分解された。私は、遂に全てを大きな食人魔物に委ねてしまったかの様。衣類の細かい隙間から容赦無く染み込む滑らかな質感の冷たさに戦慄し、私は何とか水面に顔を出して、震える手で氷の大地を掴んだ。 しかし、上がれなかった。私が身重だとしても、そこまでではない。何故……。 ーー何かが、私の足を掴んでいる。 私は、パニックになった。
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