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深夜1時。終電から降りた私の体は、残業でへとへとだった。早くソファに体を投げ出したい一心で、足早に家路を進む。
自宅近くの小さな駐車場にさしかかったとき、はら、と、薄桃色の花びらが、私の視界を優雅に舞った。
はら、はら、はら。歩を進めるごとに、その数はふくれあがる。
頭上を仰ぎみると、びっしりと花に埋めつくされた桜が、歩道まで枝を伸ばしていた。まるで洋菓子の仕上げにふるわれる粉砂糖のように、桜はさらさらと歩道にふりつもっていく。
これだけ見事な桜だから、きっと朝から晩まで、花見客の相手をしてきたに違いない。深夜になってようやく客も帰り、ライトアップも消灯して、桜もやっと本日の営業は終了、といったところか。
なんだ、そうか。君たちも、私と同じ仲間だったのか。
「お疲れさま。明日もお互い、がんばろうな」
私は木の幹にそっと手をあて、同士をねぎらった。
あたたかな春の夜風が、私の心をふわりと揺らした。
(了)
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