virgin suicide :貴方との距離

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 後ろから抱きしめられてるので、どんな顔をしているのか全然分からない。呼吸が荒くてしんどそうにしてるのが、手に取るように分かるだけに、早く薬を飲んで欲しかったのだけれど―― 「薬も……水も、酸素もいらない。ただお前が――水野がそばにいてくれたら……それで、いい……」   (どうして山上先輩は俺のことを、こんなに想っているんだろう?) 「分かりました。じゃあ一緒に布団に入ってあげますから、まずは着替えましょうね?」  俺の提案に渋々頷き、離れてくれた山上先輩は、いそいそ着替えを始めた。   (大丈夫、この人は病人なんだから。この間の様な事件は、多分起きない。いや、絶対に起きないぞ!)    背広を脱ぎながら、自分に言い聞かせる。  恐るおそるベッドを見ると、先に布団に入った山上先輩の手が、早く来いといわんばかりに、おいでおいでをしていた。 「失礼します……」  上着を脱いでから遠慮がちに布団へゆっくりと足を入れると、細長い腕が俺の体を病人とは思えないスピードで、素早く捕らえた。 「わっ!」   拒否る間もなく、密着する互いの体――布団の中は山上先輩の体温で、かなり暖かい状態だった。 「僕の……水野……」  そう言って幸せそうな顔をして、眠りについた山上先輩。    本当は署に戻って、会議室を作る手伝いをしなければならなかった。だけど抱きしめられた腕を、どうしても解くことができずにいた。    山上先輩の顔を見てみる。汗で張り付いた前髪を、オデコからそっとはがしてあげた。    俺の肩口を枕にして甘えるように眠ってる様子は、普段見られない山上先輩の姿をしていて―― 「ほっとけない、よね……」  俺にあんな酷いことをした人とは思えなくて、きゅっと胸が切なくなった。 「嫌いになれたら、すごく楽なのに」
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