103人が本棚に入れています
本棚に追加
/84ページ
***
「水野っ、何やってんだ! このボケっ!」
「すみません、すみませんっ!」
今日も山上先輩の怒鳴り声が、俺の耳に重く響き渡る。
自分の気持ちに気づいて、既に二ヶ月が経過しようとしていた。山上先輩との関係も進展なく、先輩後輩の仲のまま――
「お前の不注意で現場が荒れるってことが、いつになったら分かるんだ。焦ったって、何も出てこないからな!」
涼しげな一重瞼が、じっと俺を見つめる。心底呆れた眼差しなのに、見られるだけで心拍数が勝手に上昇する。
ヤバい、相当重症だ――
「まるで水野の保護者だよ、僕は。本当に心配で、目が離せない」
俺の首根っこをぎゅっと右手で掴んだまま、大きなため息をつく。山上先輩の足手まといになりたくなくて、つい焦ってしまっていた。
想いと一緒に空回りしてる姿が、すごく悔しい。
「いい加減、離して下さい……」
肌に触れている山上先輩の手の温度に、余計ドキドキしてしまう。自分の恋心に気がついてからというもの、悟られないように必死になっていた。
「動くなよ。僕の命令は、絶対だからな?」
「動きません、絶対に!」
おどおどしながら口にしながら上目遣いで山上先輩を見ると、パッと手を離して、
「嫌われたもんだね、僕は……」
ポツリとこぼして一人で現場に行く、寂しげな後姿が目に留まった。
――また、傷つけてしまった。変に距離を置こうとして意識することは、山上先輩にとってダメなのが分かってるのに……。
不器用な俺は、山上先輩をこれでもかと傷つけてしまう。
――ホントは、好きなのに――
仕事同様、恋愛も宙ぶらりん。佇んでるだけで精一杯だった。
この想いを告げてしまったらきっと俺は、ひとりで立っていられなくなる。山上先輩に溺れてしまいそうで、本当に怖くて……
だから尚更この距離感を維持しようと、もがいてしまったのだった。
最初のコメントを投稿しよう!