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とても綺麗な顔をしていた。揺さぶったら今にも起きそうな、いつも通りの感じだった。口許が僅かに微笑んで見えるのは、俺の気のせいなんかじゃない。すごく安らかな寝顔だ。
「山上、先輩……」
胸の上に組まれている拳をそっと外して左手を取り、薬指を撫でてみる。俺が付けた歯形が、うっすらと残っていた。
「どうして……ひとりきりで、逝ってしまったんですか? 俺を殺してから死ぬって、言ったじゃないですか……」
この手で俺の頭を、よく撫でてくれた。この両腕でぎゅっと強く、俺を抱きしめてくれた。せめて最期にもう一度、抱きしめて欲しかった――
「達哉さん……」
貴方のいない世界で俺はどうやって、これからひとりで生きていけばいいんですか?
そう思ったとき、さっき関さんが告げた言葉が頭に流れる。
『山上が残した資料を元に、容疑者すべての洗い出しをする』
目を閉じて山上先輩の左手薬指にキスしてから、両手を元通りにした。
こんなところで、感傷に浸ってる場合じゃない。山上先輩が追っていた事件を、何としてでも解決しなきゃいけない。
「水野、留守番済まなかったな」
おずおずと入って来たデカ長と入れ替わりに、勢いよく霊安室を出た。
「水野?」
「関さんと一緒に、山上先輩の調べていた事件をやってきます!」
デカ長に向かって一礼し頭を上げると、俺の体を強引に抱きしめる。
「――デカ長?」
「水野は強いな。だから山上はお前を選んだのか……。頼むから、無理はしないでくれよ? これ以上、優秀な部下を俺は失いたくないから」
「分かりました。肝に銘じます」
そして俺は関さんに頼み込んで、山上先輩が追っていた事件の引き継ぎをした。今回の発砲事件が鍵となり、芋づる式に所轄内部の汚職が明るみとなった。
この事件を暴いた関さんと俺は表彰されることになったけれど、表彰式に出席せずその足でデカ長のデスクに辞表を置き、そのまま三係をあとにした。
ここに留まる意味が、俺にはもう無い。山上先輩がいない世界に、まったく未練はなかった――
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