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自分を見つめる朝倉の顔を見て、柚子の胸に懐かしい気持ちが蘇った。
高校の時の朝倉は、口数も多くなくて、実直さ故に不器用で。
そして自分は、そんな朝倉のことを好きになったんだったなぁ…と。
甘酸っぱいような、けれどもう戻ることのできない淋しさのような。
そんな複雑な感情が、ほんの少しだけ胸をよぎった。
「………勉強とバイト、頑張ってね」
笑顔でそう答えると、朝倉は泣き出しそうに顔を歪ませた。
おそらく柚子だけでなく、朝倉も過去の恋に捉われてなかなか次に進むことができなかったのだと思うと。
一概に朝倉を責める気にはなれなかった。
朝倉も被害者には間違いない訳で。
この数年間、一途に柚子を想ってくれていたことは素直に嬉しかった。
自分が証と再会し、再び誰かを好きになることの素晴らしさを実感できたように、朝倉も素敵な女性に巡り会えればいいと。
柚子は心からそう思った。
「………橘。……保育士になる夢、変わってねーんだろ」
不意に朝倉が呟いた言葉に驚き、柚子は弾かれたように顔を上げた。
高校の時に何気なく語った夢を、まさか覚えているとは思わなかったからだ。
「………うん。今、資格取る為に勉強してる」
戸惑いながら頷くと、ようやく朝倉は微かな笑顔を見せた。
「橘も。………頑張れよ」
はっきりとした声で言い、朝倉は柚子に向かって大きく手を振った。
「一一一一バイバイ! 元気でな!」
最後に見せた明るい笑顔に、柚子は胸を衝かれる。
何故か証の手の力も緩み、柚子も体ごと朝倉に向き直って手を振り返した。
「朝倉くんも、元気でね!」
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