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夏の始まりをいつも感じさせてくれるのは、蝉の鳴き声だったりする。
「今年は蝉、鳴かないなぁー」
北浦唯澄(きたうらいずみ)は、窓から入ってくる夏風に髪を揺らし、額に浮かんだ汗を右手の甲で拭った。
今、彼女はバイト先である、成在探偵事務所の南にある倉庫の中を片付けている最中である。しかし、骨董品やよく分からない形のガラス瓶――おそらく化学の実験に用いる器具であろう――が多く置いてあり、思う通りに片付かない。しかも、外は風があるが倉庫には風は入らない。一体、どういう造りになっているのだろうか。
この片付ける作業に嫌気がさしているせいか、先程から倉庫に文句を言いながら、埃を被っているものを倉庫の外に出している。しかし、この倉庫や中にあるものは、何も悪くない。悪いのは、微妙な位置に微妙な造りで建てた人間なのだから。
「暑すぎて鳴かねぇんじゃねぇーの?」
叩いたら、埃が舞いそうな古本に埋もれている少年が、唯澄に声を掛けてきた。
艶のある黒く短い髪、丸く大きな黒い瞳は少しつり上がっていて、攻撃的に輝く黒曜石のようだ。半袖の黒いパーカーに、七分丈の黒いズボンと少し大人びた服装をしている。
彼は成瀬涼葉(なるせすずは)。身長一五五センチとかなり小柄だが、れっきとした二十五歳だ。
「暑い。暑い、暑過ぎるよー。唯澄ちゃん、何とかしてよ、この暑さ」
涼葉の隣でビンを並べている少年もまた、唯澄に声を掛けてきた。
ぴょんぴょんとはねている茶色の髪、丸くパッチリとした茶色の瞳、年齢に似合わない低めの身長に、オレンジ色のパーカーとこげ茶色の半ズボンは、彼によく似合っていた。
彼は在原椋汰(ありわらりょうた)。身長一五四センチと、涼葉とあまり変わらない身長だが、二十四歳だ。
「毛でも刈ったらどうだ? 馬鹿狐」
「風呂場で溺れてたら? アホ猫」
涼葉と椋汰は、悪口を思われることを吐くと同時に、互いの頬をつねり始めた。
そして、額と額を合わせ、睨み合う。
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