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「だからですね。私は諦めずに頑張りますって言ったけど、諦めますとか言ってないですし、ましてや海人さんに紹介とかされてませんから」
「は? 嘘だろ?」
「嘘じゃないです! 私、一度もそんなこと言ってないですし。こないだも真子に頑張るって……」
もごもごとそう続けると、2つ目を平らげた彼は、指先をぺろりと舐めてビールを一口呷ってから、はぁーと安堵の息を吐いてソファーに体を沈めた。
「あのさ」
「はい」
「お前、今日さ。石田くんだっけ? と居ただろ」
「あ……はい」
石田さんのことは追及されると少し痛い。
会社と言う場所で話をしていたという事実もさることながら、話がまだ終わっていないこともある。
それに一瞬とは言え、石田さんを男性として見てみよう、刻也さんを好きな気持ちから逃げてみようなんて思ったものだから、余計に気まずい気持ちが湧いてくる。
「付き合うつもりだったんだろ?」
「はい!?」
寝耳に水だ。
もし、逃げられるなら、と一瞬考えたことは認める。
だけど、どうしてそんな誤解が生まれてるの?
「あの、ほんとにそんなことは一切ないですから。一瞬、考えたりもしましたけど……それはほんとに一瞬で。私は、刻也さんじゃないと無理だって思いましたから」
あの時の心情を思い出すと、少し胸が痛くなる。
忘れられるなら、と思ったのに。
いざとなったら目の前のこの人のことしか思い出せなくて。
でも実らないと思って苦しくて、泣きそうだったこと。
きゅっと目を瞑ると、あの時の情景が浮かんでしまう。
切なくなる。
こんなに今満たされてるのに、馬鹿みたいにまた落ち込んでしまう。
「萌優。こっち向け」
「……や、です」
「はー、面倒くさい奴だな」
彼は体を起こしてソファーから降りると、私の下に跪いて下から見上げてきた。
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