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私が刻也さんより高い位置から見下ろしているって、いつもと違って落ち着かない。
「とき、なりさ、ん?」
「俺、お前を追い詰めたいわけじゃないから。というか……俺が全力でお前のとこまで走ったのは何だったんだと思って」
「走ったって?」
見つめる瞳に吸い込まれるようだなって感じる。
それくらい強い意志の瞳に、クラリときちゃう。
「折角長井に発破かけられて気持ちに覚悟決めたのに。お前、諦めるって言ってるって聞かされただろ? 余計に焦って悩んでるうちに、鈴木が内線までかけてきて『うちの石田がお前の姫さん奪う気みたいだけど?』なんて言ってくるから、俺めちゃくちゃ焦ってお前探した」
「な、んの、話……!?」
「今日の話」
「うそ、だ」
「俺、嘘つく意味あるか?」
ニッと笑いながらも、少しだけ寂しさを含んだ顔をされて困惑する。
鈴木って、営業の係長だよね?
――姫って何!?
って単純なツッコミもあるけど。
あーもーっ! なんていうかもう、これってこれって!!
「あの質問イイですか?」
「どーぞ」
半ばふて腐れたような返事をされて、クスリと笑いが零れる。
だって、こんな刻也さんを見たのは初めてだ。
「今日走ってきてくれたのは、私のためですか?」
「エレベーター塞がってたからな」
「5階から、地下まで走ったんですか?」
「それしかないだろ」
「会議室の準備早まったのは?」
「口実に決まってるだろ?」
「プッ。職権乱用じゃないですか」
「たまにはいいんだよ。俺は真面目なんだから」
「ははっ、どの口が言うんですかっ」
「ん? この口」
そう言って、体を起こしたかと思ったら、私はそのまままた唇を塞がれた。
「ん……っ、ん、ぁ……」
息がしたくて口を開くと、滑り込んで来た舌先。
こじ開けられて入り込んだそれは、ほんのりとビールの苦みを私に送り込んでくる。
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