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「今のおまえの顔、きっとこの新聞を読んだときの俺の顔と、同じだろうなぁ。毛嫌いしてたけど一応、父親逮捕ってのは、やっぱり傷ついてさ。山上にこれはおまえの仕業なのかって、問い詰めたよ」
「もしかしてこれが、もれなく排除ってことになるのか?」
「ああ、山上のヤツが言ってた。『僕が昴ををこんなに求めてるのに、どこか線を引いた感じがしてた』って。その理由が家族じゃないかと、アイツは思ったらしい。全然違うのにな」
見当違いもいい迷惑さと呟くように言って、俺の体をぎゅっと抱きしめ直した。つらそうなその体を抱きしめて、背中を叩いてあげる。
「その言葉に対して言ってやった、もう俺たちはダメだって。山上の愛が重すぎて、俺は潰れそうだと伝えたのさ。なのにアイツときたら、ワケがわからないって、涙を流してさ。泣きたいのはこっちだっていうのに」
「山上にすごく愛されていたんですね、昴さん」
「おまえはそう思うかもしれないが、正直異常だと思った。屈折してるというか……。それを伝えても、全然わかってくれなくてなぁ。女ならそういう愛され方は喜ぶんじゃないかと言ってやったら、もういいわかったからって一言。膝を抱えて俺に背を向けたまま、自分の前から姿を消してくれって言わんばかりに、右手を左右に振ってたアイツに、無言でサヨナラしたんだ」
「本当は好きだったのに、さよならしたんだ」
「じゃないと――きっと共倒れしちまうって思ったんだ。山上に溺れて自分を見失いそうで、本当は怖かったから……」
俺は無言で昴さんの頭を、肩口に押し付けた。泣いてしまうんじゃないかと思わせるように、語尾が震えていたから。
ああ、だからあの台詞。
『済まなかった、本当はおまえが……山上、好きだ……』
共倒れをさせないように、昴さんが嘘を言って山上を振った。愛するがゆえに……。
「俺はその後逃げるように家に帰り、大学も中退したんだ。山上に二度と逢わないように、徹底的に距離を置くためにな。そして父親と懇意にしてた、親父さんトコに世話になったというワケ」
「山上は今、なにをしてるんでしょうね?」
「親が警察関係者だからな、つい最近まではマルボウの刑事だったらしいんだが、仕事ができる関係で、他所の課に引き抜かれたらしい」
「マルボウって、まんま暴力団関係のトコですよね。それってもしかして――昴さんを追いかけるために入ったんじゃ……」
俺の言葉を一蹴するように、昴さんは鼻で笑った。
「さあなぁ。俺を追っかけるなんて芸当が、アイツにできるとは思えない。あの時キッパリ断ったからさ」
「だって付き合うまで、しつこく付きまとわれていたんだろ? ましてや一度でも両想いになったなら尚更、想いが募るって思うんだ」
知ったふうに言い切ると、なぜか肩口でふっと笑った感じが伝わる。
「竜生って見かけによらず、ロマンチストなんだな。想いが募る……。いい響きだ」
「変なトコ褒められても困るし……やめてください」
「俺も竜生に、想いが募ってるんだけどなぁ。そろそろ信じてはくれないだろうか?」
そう言って、俺の頬に音がするキスをした。
「やっ! そういうことをするから、信じらんねぇって言ってんだよ」
「じゃあどうしたら、信じてくれるんだ。ん?」
久しぶりに感じる昴さんの体温、声……吐息までもが愛しく感じる。すっごく淋しかったのに、それすらもうまく伝えられなくて。だから余計にドキドキした気持ちなんて、伝えられるワケがないじゃないか!
というか、知られたくない!
「腹、減ってるでしょ。なにか作ってきます」
うまく言えないのを誤魔化すべく、起き上がろうとした俺の腕をグイッと引っ張り、行かせないようにした。
「さっきも言ったろ、竜生に食べられたいって」
「俺もまた言いますけど、酔っ払いを抱く趣味はありません」
「おまえに酔ってるんだってば。わかってねぇなぁ」
「酔っ払いの戯言なんか、信じられねぇっての!」
昴さんの気持ちが痛いほど伝わってくるのに、どうして素直になれないんだろ。こんな俺を飽きずに呆れずに、よく好きでいてくれる。奇跡みたいな人だよ。
「本当にいいわ、おまえ。帰ってきたって実感がするもんな、このやり取りがさ」
いつもはキリリとした眉毛が、目尻とともにだらしなく下がっていて、みっともないったらありゃしない。
「昴さんその顔、外でしないほうがいいよ。ヤクザの幹部とは思えないから」
「竜生だけだから。こんな俺、見せられるのは……」
掠れる声で言ったと思ったら、俺をぎゅっと抱きしめながら、触れるだけのキスをした。唇に感じる、昴さんの熱が直に伝わる。
「くだらないやり取りもだけど、やっぱおまえに抱かれなきゃ、帰ってきた気がしないんだ。お願いだから」
「わかったよ、わかったわかった! その代わり途中で腹が減っても、すぐに用意できないからな。まったく、ワガママばっか言うんだから……」
本当は嬉しいクセに、イライラを装ってそれを隠しながら、昴さんのネクタイを手早く解いていく。そんな俺を三白眼を細めて、幸せそうな顔をしながら、
「竜生、ありがと」
すりりと体を寄せて、俺の耳元で優しく告げる。
「おまえだけを愛して」
それ以上のことを言わせないように、唇で塞いでしまった。
さっき告白されたときは、胸がキリキリしてすごく痛かったのに、今は無性にドキドキして、自分自身を持て余してしまう。持て余して告げそうになったから、自らの口を塞ぐべく、昴さんの唇を塞いだ。
――俺も昴さんのことを、すっごく愛してます――そう告げそうになったから……。
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