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俺が事務所から自宅に戻り、ちょっとだけ時間を置いてから昴さんも帰ってきた。無言でいつものソファに座って前屈みでなにかを考える姿に、恐るおそる声をかけてみる。
「あの昴さん、昼飯食べますか?」
「悪いなぁ、今あまり腹が減ってなくて。あとでいいか?」
俺の顔をじっと見て、淋しそうに笑う。さっき事務所で見た怖い顔と今の顔は、まるで別人みたいに見えた。
「わかった、腹減ったら言って。すぐに用意するしさ」
おどおどしながら告げると、なぜか昴さんの目から涙が零れ、ゆっくりと頬を伝った。
「ちょっ、どうしたんだよ!? 具合でも悪いのかっ」
あまりの出来事に驚いて、そっと昴さんの額に手を当てた。手のひらから伝わってくる温かさで、熱がないのはすぐにわかったけど――。
「なんで泣いちまったんだ、俺……」
どこか呆然としたまま、独り言のように呟く。
「もしかして、親父さんとケンカでもしたのか? 昴さんなんか、怒鳴っていただろ」
「ああ、あれな。親子ケンカみたいなもんさ、いつものことなんだ」
中腰で心配する俺に、昴さんは無理やり笑ってみせる。いつまで経っても涙を拭わないので、右手を出してそっと拭いてやると、俺の手に自分の手を被せた。あたたかい昴さんの手の熱が、じわりと俺のすべてを温める。
「竜生、いつもおまえには、こうして世話になりっぱなしだな」
「そんな……。俺のほうがここで世話になってるから、せめてなにかできたらって」
「それで俺がやる仕事を、代わりにやろうって思ったのか。バカだな、マジで」
三白眼の瞳に力を入れて、目の前にある俺の顔をギロリと睨む。それが怖いのなんのって。
無言で睨まれる怖さと一緒に感じてしまった感情を悟られたくなくて、掴まれている手を無理やり外し、そっぽを向きながら後ろに隠した。掴まれてた右手が、異様に熱くなってる。
背中に隠しながら左手で意味なく、にぎにぎしてしまう。
(こうしてそっぽを向いて、ふてくされてる俺は、傍から見たら怒られてるように見えるだろうな)
「……昴さんの役に立ちたかったから。俺にもなにかできることがあればなって」
「料理や洗濯ができても、ケンカはからっきし弱いじゃないか。おまえは」
「それは、そうだけどさ……」
「しかも相手は:刑事(デカ)なんだ。慎重かつ的確にやらなきゃならないんだぞ、まったく!」
呟くように言って、スーツの胸元からおもむろに、それをテーブルに置いた。
「……拳銃」
俺はただただ息を飲んで、黒光りする拳銃を眺める。
(――こんな物を使って、脅すっていうのか?)
「山上の相棒を狙って撃てばいい。それでおまえの仕事は終わりだ」
「昴さんの言いつけ通り山上の相棒を撃てば、山上は組のことから、手を引いてくれるんですか?」
「親父はそう考えてるみたいだが俺の考えは、アイツは逆上して徹底的に潰しにかかってくると思ってる」
投げ捨てるように言って、ソファにごろんと横になる昴さん。
「山上がどれだけその相棒を、大事にしてるか分からないが。……ん、中途半端なことするヤツじゃなから、深く愛してるだろうなぁ」
「はあ……」
「おまえがコレで相棒を狙ったら、山上はそいつと逃げるかもしれない。そしたら足を狙えよ」
「足を狙えって、動いてる人間を撃てるんだろうか。すっごく不安なんだけど……」
俺が寝転んでいる昴さんに視線を飛ばすと、ふわっと笑って起き上がり、よしよしするみたいに頭を撫でくれた。それだけで胸に渦巻く不安が瞬く間に解消されるって、本当に単純なのかもしれない。
「逃げたらの話だ、大丈夫。俺がしっかりコレの使い方、手取り足取り教えてやるから」
苦笑いしながら言う昴さんには悪いけど、こっそりこんなことを考えていた。
俺が拳銃を構えると、ふたり揃って背を向けて、脱兎のごとくどこかに走り出す。逃げ出す相棒の足元目がけて撃つけど、地面に当たり失敗。俺はそのまま、逆方向に逃走する。
これでも十分な脅しになるんじゃないかって、甘い考えをした。それでも真面目に拳銃の扱い方をマスターすべく、昴さんから特訓を毎日受けた。
飲み込みが早いと褒められたせいもあって、夢中になって練習に明け暮れる。大好きな人の代わりができるように、しっかり務めようと頑張ったのだった。
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