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「東郷は上手いこと先に帰す。黙っていればわからないさ」
なおもしつこく誘う修二。
黙っていれば・・・。
この最低な罪の片棒を、私もつい先日まで担いでいた。
そう思うと胸が痛くて、何も言い返せない。
黙ってうつむいた私を、修二は急に背後から抱きしめた。
大きな手が、私の胸の膨らみを鷲掴みにしている。
「・・・やっ!やめてよ!!」
その腕を振り払うために身をよじると、偶然後ろに張り付いている修二のお腹に私の肘が入った。
「うっ!」と唸ったと同時に少し腕の力が緩む。
その瞬間を逃さず、私は修二の腕からすり抜けた。
でも、修二はしぶとく私のバッグを掴んでいる。
「は、離して!私はもう、人を欺くような恋愛はしないわ!」
私が叫んだ直後だった。
偶然にも廊下の向こうから、人の話し声が聞こえてきた。
た・・・助かった。
さすがの修二も、こんなところを人に見られては困るのだろう。パッとバッグから手を放した。
「じゃ、後でな」
そう耳元で囁くと、何も無かったように背を向けた。
本当に、なんて日なんだろう。
失恋だけで、精一杯なのに。
こんな時に救ってくれるはずの優しい手を、私は自ら手放してしまったんだ。
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