悲劇

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ひとは恋の成就を前提に恋に落ちるわけではない、と考える榊。 誰かを愛すること自体が、まさに愛ある人生を送ることだと自覚する。 これまでの自分の人生の虚しさ。ひとを愛せず、愛されることを拒んで生きてきた。 榊にとって小枝は、この愚かさを指摘するような存在でもあり、実らぬ思いであれ、彼女に溺れて然るべきなのだとも思っていた。 事務所の飲み会以来、ひと月ほどが経ち、やっと踏ん切りをつけた榊は、貴彦と向き合うことにした。 金曜日、終業時刻をとっくに過ぎていたが、なかなか帰らず仕事に没頭する貴彦に、榊が声を掛ける。 「お前、仕事の虫は相変わらずだな」 貴彦は書類から顔を上げると、 「やっと口をきく気になったか」 と言った。 貴彦は椅子から立ち上がり、デスクの前に立つと、榊に向かい合う。 榊はソファーの背に腰を下ろし話し出す。
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