悲劇

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事件の夜、セキュリティー会社経由でまず知らせを受けたのは、侵入されたナントカ商会の社長だった。 この会社は金融業だが店舗は別にあり、このビルが本社オフィスだった。 本社は、社長以下三人ばかりの社員で切り盛りしている。 現金商売のため、普段集金したものは夜間金庫に預けるのだが、週末深夜に届いた分は、二度手間というより深夜に持ち出すのを社長が嫌い、このオフィス内に厳重に保管される。 その分の額がかなりになるらしく、このビルのテナントに入る際、リフォームと称して金庫を壁にコンクリートで据え付けていたのだ。 その内情に詳しかったこの会社の元社員が主犯で、あのナイフを持っていた男だった。 金曜の深夜にビルに入り込み、金庫を壊して盗む算段であった。 ビル内の人間が全員退出するのを確認したのち、セキュリティのシステムに侵入する。 防犯カメラへの細工と駐車場出入り口とエレベーターを止めた。 非常階段は鍵が掛かっており、通常の使用はないとみてそのままにしたという。 つまり、貴彦と榊が事務所を出た時点でチェックされていたが、11時に貴彦が戻ったことが見過ごされたわけだった。 タイミングとしては、仕事を終えた貴彦が駐車場に下りた直後にエレベーターを停止させたようだった。 被害は金庫の損壊のみと分かり、ホッと胸を撫で下ろした社長は、怪我を負ったのが彼と知ると、すぐに懐から手帳を取り出した。 なにやら一枚の名刺を取り出すと、電話を掛け始めた。
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