悲劇

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貴彦がICUに入っている間、将一たちは近くの待合室でただ待つしかなかった。 廊下から硝子越しに、頭髪を削がれガーゼを充てられた頭部と、あちこちに血がついた肌、管に繋がれ口元が半ば開いたままの貴彦の様子が見えていた。 昼前に、将一の妻秋子が駆けつけ、貴彦の為に当座必要と思われる着替えやタオルなどを持ってきた。 着替えは将一のものである。そして、義弟は自分が見ているから、食事をとり少し休むように二人に言った。 秋子が貴彦の顔を硝子越しに確認し、頑張ってと小さく声を掛けると、彼の唇が僅かに動くのが見えた。 その様子を看護師も気づいて貴彦の顔に近づいたが、何かを言っているのがわかった。 ただ声が出ず、空気が抜けていく音が聞こえるのみだった。 食事を簡単に済ませて、親子が戻った時、ICU担当の看護師から、ビニール袋に入った貴彦の私物一式を渡された。 汚れて皺の寄った衣服は警察が持ち去ったと伝え、財布、携帯、鍵がいくつかがある。財布があったため、母が自分のバッグにそのまましまった。 術後は安定しており、病棟に移ることにはなったが、暫く膠着状態が続くとのことだった。 夜の8時になっていた。 病室には母がいた。他の者は無理を言って帰した。 回復まで、今後はどのくらい掛かるのか、果たして回復できるのか…先が見えない今、母は自分や周りのものは努めて冷静にならなければと気持ちを強くしていた。
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