悲劇

20/31
前へ
/334ページ
次へ
母は事件のショックと疲労が重なったため、自宅で床についていた。 この病院は付き添いは基本断るのだが、病室が個室であることで大目に見てもらい、日中は秋子が、夜は将一が付いていた。 そして事件から一週間が経ち、治癒は進み、貴彦自身の苦しげな表情も和らいだ。 あとは意識が戻るのを待つだけだった。 この頃、母は気力が戻り、秋子と交代しながら、だが毎日貴彦のもとに通うつもりでいた。 いつ意識が戻るのか、今や遅しと息子の目覚めの瞬間を待つのであった。 この金曜日の夕方、家族三人が揃って貴彦を囲んでいた。 近頃専らその話題に尽きる、貴彦のうわ言の女性のことである。 将一が、 「昨夜も言っていたよ。さえ、さえって」 と話すと、秋子が付け足すように、 「さえごめんとか、済まないって言うこともあるわ。自分の状況が分かるのね」 と言った。 「さえさんって、この子の恋人なのかしらね…」 母はなんとなく腑に落ちるものがあった。 そこで、長男夫婦に話して聞かせたのは、最近の貴彦の変貌ぶりだった。
/334ページ

最初のコメントを投稿しよう!

300人が本棚に入れています
本棚に追加