悲劇

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「…急に訪ねてきて、元気か?なんて。すぐ帰っちゃうけど。お父さんの具合を聞いたりしてね」 ここで夫婦は顔を見合わせた。驚いたのだ。 「こないだのお盆の後にも、鰻をお土産にしてひょっこり現れて、お父さんの部屋の方を廊下から見ていたのよ。なあんにも言わないでね」 この件りで、秋子がひええと声をあげていた。 母は続ける。 「なんだか角が取れたような感じがしてね。あれ?って思ってたのよ。 でも、母親の言うことじゃないけど、恋人ができるとは思ってなかったからねえ」 母はフッと吐息を漏らす。表情には明るささえあった。 人間はあらゆるものに慣れる生き物である。 貴彦の状況に慣れて、きっと回復できるとの楽観視もあった。 「誰なのかは分からんが、こいつを変えられるなんてな。いや、よほどの惚れ込みようだな。僕としてはそのひとに感謝するよ。こいつの人生始まって以来の快挙だな」 将一は手放しに喜んだ。
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