悲劇

25/31
前へ
/334ページ
次へ
家族の意図をやっと理解して、榊は聞いてみる。 「小枝さんのことは三井から聞いていたのですね?」 二人は再び顔を見合わせたあと、母が答える。 「貴彦から聞いたと言えばそうなのですが…」 せっかちに秋子が言葉を引き取る。 「昏睡してからずっとうわ言で名前を…それで、恋人じゃないかって。そうなんですか?」 「…はい、その通りです」 不倫ということもあり、榊は、できれば貴彦たちの知らぬところで彼らの話は避けたい。だが今は、そう答えるしかなかった。 榊の答えにホッと息をつき、秋子が続ける。 「実は、入院以来、毎日貴彦さんの携帯に着信があったんです。仕事関係かと私たちはその辺りは気にしてなくて。 で、うわ言から女性の存在がわかってきて、漸くその着信の相手に気がついたんです。 履歴を見たらすべて『小枝』って」 榊は胸が痛んだ。 「では、あのひとは今もなにも知らずに…」 榊の言葉に、二人は声を詰まらせる。なにも知らず、突然連絡を絶った恋人に、毎日一度だけ電話をかけ続けるひと…それもたったの4コール。彼女はなにかを感じ取っているのだろうかと。 「実は、私は彼女の連絡先は知らないのです。二度ほど会ったことがあるだけで。 今回のことは、小枝さんに伝わっているのか…気にはなっていましたが。 私の配慮が足りなかったんですね。私からご家族に話すのも躊躇われて…」 母は、榊が自分を責めてしまったことに申し訳なさを感じていた。 「榊さんに責任はありません。このことはどうしようもなかったんですから。 ここでやっと分かったということを良かったと思うしかありませんよ」
/334ページ

最初のコメントを投稿しよう!

300人が本棚に入れています
本棚に追加