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榊は努めて冷静に言葉を選んでいた。
「小枝さん、実は、三井が怪我を負ったんだ」
小枝はもうひと言も言葉が出てこなかった。発すれば叫んでしまいそうで、口を片手で覆い声を抑えていた。
「…知らせが遅れて済まない」
小枝の返事を待つことなく、榊は続ける。
「N市立病院だ。来られるかい?三井の家族も君に会いたがってるんだが」
貴彦の家族と聞いて理性が働き、小枝は幾らか落ち着きを取り戻す。
小枝の、深く息を吐く音を榊は耳にした。
「榊さん、貴彦さんが怪我をしたのは先週の土曜日なのね?」
声音は弱いものの、しっかりとした口調で尋ねた。
「うん。土曜日の未明だそうだ」
「…今、貴彦さんは動けないか、意識がないのね?」
言葉の最後は涙声だった。
「…うん」
小枝は涙を飲み込み、気丈に言った。
「これから行きます」
「分かった…大丈夫かい?」
「ええ。あの…榊さん?」
「ん?」
「お電話、ありがとう」
榊は表情を和らげて、労るように答える。
「うん…じゃあ、気をつけて」
榊は通話を切ると、携帯を秋子に返した。
「彼女、これから来るそうです」
母と秋子は、榊の言葉だけで通話の内容を殆ど了解しており、榊に深く頷いた。
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