悲劇

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目を瞑ったままの貴彦が、小枝の名をもう一度呼び、 「ごめん、心配かけたね」 と言い、点滴の管のない方の手の指先を動かす。 小枝はすぐさまその手を握りしめ、自分の唇に押し当てる。 貴彦はゆっくり瞼を開く。そして小枝を見つめ、微かに微笑んだ。 小枝は嬉しくて、泣き笑いのようになっていた。 貴彦は両方の手を広げるように手のひらを見せ彼女を促すと、小枝は貴彦に被さりそっと抱きしめる。 貴彦は、小枝の匂いに触れ、深く呼吸を繰り返す。 小枝の匂いが霞む記憶を呼び覚まし、眠っていたあらゆる細胞が目覚めていくのを感じるのだった。 「貴彦さん…良かった…!」 貴彦の言葉はあまりに微かで榊たちの耳には届かず、今の今まで、小枝ひとりの呼びかけとばかり思い込んでいた。 三人は顔を見合わせる。 そして徐ろに立ち上がった榊が、その場から声を掛ける。 「小枝さん、もしかして…」 小枝はハッとして、貴彦から離れると彼に微笑んだ。 貴彦は、カーテンの向こう側に届くよう懸命に声を掛ける。 「榊か?」 その声に弾かれたかのように、三人は猛烈な勢いでカーテンの内側に飛び込むと、穏やかな表情で三人を見つめる貴彦を認める。 「貴彦!」
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