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待合室のベンチに座り、斜め前に座った榊に、小枝は改めて言葉を掛ける。
「榊さん、今日はありがとう。一緒にいて貰えてとても心強かった。
でもこの後は大丈夫ですから、どうぞ事務所に戻ってくださいな」
榊は小枝を優しく見つめ微笑んだ。
「一緒に待つよ。どうせ仕事なんか手につかないだろうし。そう思って、さっき事務所に戻って大丈夫にしてきたんだ」
榊は落ち着いて答えていた。
いつも小枝のことを考えると、胸が高鳴り、締めつけられるような痛みさえ感じていたのに、今、小枝と二人きりなると、不思議と穏やかな気持ちになっていた。
「…小枝さんは、三井の実家のことはどのくらい聞いてる?」
榊はある決意を胸に抱いている。
質問の意図は、家族との対面を果たした小枝が予め知っていた方がいい“真実”との判断であり、これは友を裏切ることとは違うと信じてのことだった。
小枝が答える。
「私は…ご実家はなにか事業をされいて、お兄さまが跡を継がれていることと、彼とお父さまの折り合いが悪くて、高校生の時に家を出ていると言うことぐらいかな」
首を傾げて小枝は屈託なく答えた。
「なるほど。あいつが君に全部を話してはいないだろうとは思っていたが…。」
すると小枝は表情を変え、虚空を見つめて呟くように打ち明ける。
「私はね、貴彦さんは何か理由があってすべてを言えないでいると思うの。いつか、その時が来たら話して貰えるって、信じて待っていた。
でも、このタイミングで彼に直接聞いてみようと思うの。どうして話して貰えなかったのかも。」
「そうか…そうだね。その方がいい。」
榊は内心の驚きもあったが、彼女のこの考えは、きっと悩んだ末の結論から出たことだと、すぐに理解できた。
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