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その後榊からは、貴彦の、資格取得に意欲的だった大学時代の話を聞く。
学部のほとんどの者が目指した資格を当初貴彦も目指していた。
だが、より早く堅実に社会で実益を伴う資格をと、今の職業に方向転換した。
他の者と違い、大儀や正義という意識を持たなかったからと、榊は本人から理由付けされていたという。
(それにしても…)
小枝は、榊と貴彦の縁の深さに驚いていた。
「二人は不思議な縁ね。出会ってからずっと偶然にも同じ道を歩いているなんて」
榊はにっこり笑顔を見せ、頷いた。
「うん、そう思うよ」
そして少し考えてから、それとなく言葉にする。
「僕は初めから今の職業を選んでいたから、少しばかりあいつにアドバイスはした。
だが、一緒に事務所をやろうとは考えもしなかったよ。
大学卒業の時に、あいつが事務所開設の目処は立ったが、すぐ開業という訳にはいかないだろうと相談されてね。
つい、個人事務所に就職が決まっていた僕は、あいつにもそこを足掛かりにして経験を積むことを提案した。
で、なんとなく、独立して一緒に事務所をやることになった。
不思議と言えばそうだが、腐れ縁だよ」
小枝には、榊が折に触れ、貴彦に道標を与えているようでもあり、また、守護天使のように見守ってきたのでは、と思えた。
貴彦の母の依頼もあったかもしれないが、榊が言っていたように、心に似た傷を持つ友人を気にかけるのは、敢えてして来なかった自身への救済、または癒やしなのではなかったかと。
小枝にも覚えがあるその痛みは、決して癒えず痛みをぶり返す。自らのパーソナリティを危うくさせるもの…。
縁とは、『始まる』きっかけ──立ち直り、生き直し、そして成熟。
小枝は思う。
たった一度の人生が、いかに深くて意義あるものだということを。
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