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榊は、推し黙った小枝を気遣う。
「小枝さん。僕の話したことで、君を悩ませているのなら、本当、申し訳ない。大丈夫かい?」
小枝は柔らかく微笑んで答える。
「私は大丈夫よ。それに、これまで漠然と彼のダメージやご家族のイメージを抱いていたから、はっきりしてきて良かったと思ってる。
榊さんには、本当に感謝しているの。貴彦さんは、こんなにいいひとがずっと側にいてくれてたのね」
小枝は微笑み、ちょこんと頭を下げた。
「いいひとだなんて、違うよ…そうじゃない」
榊は、今日初めて、小枝に無表情を見せていた。
小枝はまっすぐに榊の瞳を見つめ、何かを読み取ろうとするかのように、じっと見つめていた。
「なぜなの?榊さんは自分を偽って、いいひとじゃない振りをしている」
榊はドキッとした。
言い当てられたと思った。そして、ごまかしの効かない小枝の察しの良さと率直さに再び惹かれるのだった。
小枝は追及を止めなかった。
「榊さん、私にはそう見えるわ。榊さんはいいひと。
だから、私は何の気負いもなく榊さんと話ができるんだと思うの」
「小枝さんは不思議なひとだね。三井が惚れ込んだのがよくわかるよ」
そう言葉にしてから、榊はふと、他人の心のダメージを敏感に察知できるこのひとも、もしかしたら、心に傷を抱えてはいまいかと思い至る。
何故とも言えない思考だったが…。
この日、小枝と榊は、心を通わせていた。
だがそれぞれの根底にある互いへの思いには違いがあった。
小枝は榊に友情と信頼を、榊は、さらに深まる恋心をそれぞれ抱いていたのだった。
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