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母と秋子が戻ってきた。
秋子が開口一番、小枝に言う。
「将一…貴彦さんの兄ですけど、さっき連絡したら、ぜひ小枝さんにお目にかかりたいと言ってます」
小枝は恐縮して、まずい展開と感じていた。実は不倫だと知られたら、と。
貴彦の母は秋子と頷き合い、口を開く。
「私たち、小枝さんには本当に感謝してるんです。
お医者様からは、最悪の事態…いろいろ言われてましたから、回復の実感はあっても、なかなか目覚めない貴彦に不安はあって…。
それが、小枝さんが来て声を掛けたらすぐに目覚めるなんて」
「きっとあなたを待っていたのね」
秋子もニコニコと笑顔で言った。
榊は小枝の内心の心配が分かり、助け船を出す。
「まぁとにかく、落ち着きましょう。今は三井のことに集中しませんか?
彼女にとっても、今日いきなりのことですし」
榊に諭され、母と秋子はハッとする。
「そうね、そうだったわ。小枝さんには大変な思いをさせてしまいましたね。ごめんなさい。
私たち、貴彦の意識が戻って、元気そうで、有頂天になっていました」
母が恥じ入ると、小枝は首を横に振って微笑みかけた。
「いいえ。そんなことはありません。私なんかより、一週間もの間、心配し尽くされて、ご心労も重なったことでしょう」
小枝の労りの言葉に、二人は、彼女の人柄と情の深さを感じていた。
涙ぐみながら、母は小枝にありがとうと言って静かに涙を拭い、秋子はその背中をさすった。
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