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待合室は小枝たち4人だけだった。貴彦が戻るまで、静かに待ちの態勢でいた。
母はなぜか、小枝の隣に腰掛け、その手を握り上機嫌で語りかける。
「貴彦は難しい子だけど、あなたと出会って少しずつ変わってきたの。
この数ヶ月、不思議に思っていたけど、あなたに会ってみたらすっかり納得がいったわ」
「貴彦さんは、お母様に会いに行ってたんですね?」
母はそれを聞くと、少し考えて答える。
「では、やはり小枝さんの後押しがあったのですね。
この頃は頻繁に帰って来てくれました。
それまでは、ふた駅程にある道場には来ても、うちには滅多に顔をみせなかったのに…」
「私はなにも…」
確かに小枝は、自分と会えない時には実家に顔を出すよう貴彦に頼んだ。
だが小枝は、種明かしをするつもりはなかった。
あくまでも貴彦本人の自発的な行為として、母には受け取ってもらいたかった。
「いいえ。どちらにしても、あなたの影響に違いないわ。私も今日お会いして確信したの。
…あの子は変わったし、変わろうとしていた。それは、あなたの気遣いに応えるためだったんでしょう」
「いえ、そんなことは…」
「…私たちは、二重にあなたに感謝してるのよ。
あの子の人生に影響を与え、そして今日、回復の一助となってくれたって」
最早、小枝に反論はできなかった。
そうではないとこの場で言えるものではなかった。
小枝は、彼と彼の家族が抱えてきた氷塊が溶けゆく様を見る思いがしていた。
彼女はやっとのことで微笑むが、涙で視界がぼやけていくのを母たちに見られないよう、一生懸命誤魔化すのだった。
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