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エレベーターまで早足で来た小枝は、胸に手を充て呼吸を整える。
一階に着くと、院内は灯りを小さく落として常夜灯だけになり、日中人で溢れている受付辺りには人気すらなかった。
夜間の出入り口に向かいながら、進む方向へ目を遣ると、長椅子に座る人影に気づく。
榊だった。
小枝は榊に駆け寄りながら声を掛ける。
榊の方もすぐに立ち上がり、彼女に歩み寄る。
「榊さん…もしかして、待っていてくれたの?」
小枝は驚いて尋ねると、榊は微笑んで頷く。
「三井には帰ると言っておかないと、あいつは心配性だから」
小枝はキョトンとした。
「え?」
「いや、なんでもない。さ、家まで送るよ」
小枝はトンでもないと、手を振りながら遠慮したが、榊は当然とばかりに、もう歩き出していた。
「最初からそのつもりだったんだ。遠慮しなくていいよ。
車はここの駐車場に置いてあるから。じゃ、行こうか」
一瞬小枝の肩に手を触れ、彼女を促す榊。
内心は喜び勇んでいた。
小枝に対してなにもできないし、なにも起こり得ないことは分かっていた。
彼女とひと時、二人きりで過ごせることが、榊にとって無上の喜びだったのだ。
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