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「...実は、貴彦にも任せたかったんだが、権力者の父を嫌って縁を切ったぐらいだからね。
説得は時間の無駄だった。それでも、半ば無理やりだが、本来の遺留分を一部、生前贈与させたんだよ」
「もう、そのくらいで...」
小枝は将一の言葉を止めた。財産の話なんて聞きたくなかった。
将一の話はショックだった。具体的になにがショックなのかもわからないほど、小枝は混乱していた。
ただ、はっきりと見えたことがあった。貴彦が隠してきたこと、彼の隠された姿は、自分とは釣り合わぬものだということを。
(夢の終わり...)
ふと頭に浮かぶワード。
ものの感じ方、価値観や育った環境の違いから、近い将来にすれ違うことになるだろうとの確信は、夫との関係が証明していた。
将一は小枝を気遣う。
「20年前、このことを告げたあと、秋子は僕と別れようとした」
小枝はハッとして将一を見る。
「そういうことを考えるひとだからこそ、秋子を選んだんだ。貴彦もきっと同じ考えだと思う。
だから...小枝さんが今考えていることは正解ではないからね。
貴彦とよく話すんだよ」
(見透かされた。お兄さんにはわかってしまう...一度経験したことだから、かな)
将一の気遣いを他所に、小枝の頭の中には暗雲が立ち込め、どんどんその厚みを増していた。
将一のどのような励ましも、心に響くことはなかった。
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