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「長いこと戻らないから心配したよ」
小枝は胸がドキッとした。
貴彦は手を離し、小枝の答えを聞かぬままにっこり笑いかける。
「明日、9時に退院することにした」
嬉しそうに報告する貴彦。兄と小枝が話し込んでいたことに、それほど頓着はなかった。
「そう…明日、付き添うわね。8時半までに…」
「退院の時はいいよ。それより…マンションに来てくれないか?そんなに早くなくていいから」
貴彦は小枝の言葉を遮り、嬉しさを隠して頼んだ。
小枝は頷き、いいわと答える。
そこへ将一がやって来た。
担当医から説明を受け、開口一番、あっけなく退院だなと笑った。
将一の目は小枝を追う。だが、その表情からはなにも読み取れないでいた。
「兄貴たちにはいろいろ世話をかけたね。家には病人を抱えているのに」
貴彦の、柄にもない礼の言葉を聞き、将一は嬉しく思い、
「近いうちに顔を見せに来いよ。まぁ、具合いをみてな」
と告げるも、貴彦は伏し目がちに、うんと返事だけ返す。
「それじゃ、僕は帰るよ。小枝さん、こいつをよろしく頼みます」
そう言うと、将一は頭を下げた。
「あの、もう少し居てください。今、お茶をお持ちしますから」
引き留める小枝に軽く手を振る貴彦。
「意外に忙しいんだよ、このひとは」
素っ気なく言うと、じゃあと、追い払うかのように将一にひと言告げた。
「医者が、今週の金曜日に検査に来いと言ってた。サボるなよ」
去り際そう言うと、小枝にそっと頷いてみせ、将一は帰って行った。
小枝は立ち上がり、病室の外に出て将一を見送った。
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