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時刻は6時になろうとしていた。
将一を見送った小枝は、貴彦に向き直ると、そろそろ帰らないと、と告げる。
貴彦は立ち上がり、小枝の側に立つと、そっと抱きしめた。
「まだ...もう少しいてくれないか」
小枝は貴彦の胸の匂いを吸い込むと、
「えぇ...もう少し」
と答え、彼の背中に回した腕に力を込めた。
腕に込めた力とは裏腹に、小枝は貴彦と出会って初めて、彼から早く離れたいと願っていた。
小枝は無意識に黙り込み、貴彦と抱き合いながら、彼を忘れかけていた。
「小枝、何を考えてる?」
小枝はハッとして顔を上げる。貴彦が少し怪訝な面持ちで、彼女を見下ろしていた。
「ううん。なにも」
小枝は貴彦から体を離す。
「もうベッドに戻った方がいいわ」
そう言いながら、貴彦の腕を引っ張った。
「そういうふうに、いつもベッドに誘ってくれたら嬉しいな」
貴彦の冗談に、小枝はなけなしの笑顔を作って応えた。
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