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泣き崩れる小枝は、支えられながら榊の車に辿り着いた。
駐車場に着くまでに数人の者の目に触れたが、場所柄、号泣する者の事情を察し、同情を禁じえないといった表情で見送ってくれた。
榊は小枝を後部座席に座らせると、エンジンをかけ、自分も小枝の隣に乗り込む。
車は発車させず、榊はこの場で対処することを選んだ。
手のひらで顔を覆い、泣き続ける小枝に再び手を差し伸べ、肩を抱き寄せる。
小枝は激しくしゃくり上げながら、榊への信頼から、その身を預ける。
榊は既に察していた。
小枝は貴彦の事情を知った。
自分の人生を掛けた恋の成就が、いつか早い段階で終わりを迎えるという絶望を抱えたと。
なぜ、こうも確信して不安を増長させるのか。
小枝にはその根拠があった。
結婚に失敗した彼女に言えるのは、価値観の違いや育った環境の格差はできるだけ小さい方がいいということだった。
一度の重大な失敗が、小枝を臆病にし、固定観念を植え付けたのだ。
貴彦がなかなか言い出せなかったのは、この彼女の内面と特性を知るからこそだった。
だが秘密にしたことが、事態をより複雑にしてしまった。
榊は、いずれこの件が小枝を苦しめることを承知していた。
そして彼女の苦悩と悲しみは、貴彦への愛の深さを物語っているということも。
それでも、小枝が心の平穏を取り戻すためにひと役買いたいと願い、甲斐なく彼女と貴彦にとって最悪の結果となるならば、その時は彼女の愛を手に入れたいと切望もしていた。
姑息と思いながら...。
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