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漸く落ち着いてきた小枝に、榊はハンカチを渡す。
小枝は黙ってそれを受け取り涙を拭う。
すると顔を洗ったようにすっかり化粧も取れてしまった。
素顔の小枝は清々しく、以前貴彦が、素顔の方が若く見えると言った通り、白い肌にソバカスや小さなホクロが若々しさを演出していた。
榊は自分の胸元から離れ、顔を拭っている小枝に胸をときめかせていた。
「大丈夫?」
小枝は榊に目を遣ると、
「どうしてここにいるの?」
と、いくらかすっきりとした顔つきで尋ねた。
榊は少し笑った。こことは、車内ということではなく、病院のことだとわかっていた。
「たまたまさ。落ち着いたかい?」
小枝は頷いて、恥じ入りながらごめんなさい、ありがとうと呟いた。
榊は、聞くまいとは思ったが、結局聞くことにした。
「...聞いたんだね?三井の実家のこと」
小枝は俯いたまま、虚ろな様子で、ええとだけ返事をする。
「あいつから直接聞いたの?」
そう聞かれると、小枝は嫌な記憶を振り払うかのように、強く目を瞑り首を横に振った。
「えっ?」
榊には意外だった。貴彦本人から聞き、彼女が取り乱したまま帰らせるなど、貴彦のやり方にしては甘いと内心感じていたのだ。
それなら一体誰だと言うのだ、と思った。
「...将一さんから聞きました」
小枝の一本調子の答えに、榊はため息混じりに、兄貴か、と唸る。
(その可能性もあったな...まぁ、知ってしまったのは仕方がない)
「...ねえ、小枝さん。君が知ったとあいつには話したの?」
「いいえ...少し考えたくて、貴彦さんには知らん顔してきたわ。
将一さんには、当分の間、私は知らない事にしてもらって」
榊は自然な仕草で、小枝の乱れた髪をひと筋直す。
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