プロローグ

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春の陽射しが心地良いこの日。 最寄り駅にほど近いいつものスーパー。 レジの順番待ちをしていた小枝は、会計中の前の客と店員のやり取りを何気なく耳にし、見るともなく見ていた。 老人と言っても差し支えない客の男性は、自分の買った商品の代金を払いながら、女性店員の身体のある一点を見つめ続けしきりに甘く告げるのだった。 すなわち、彼女の束ねた髪の根元。白い項(うなじ)を見つめながら。 「良いものを見させてもらいました。ありがとう…」と。 その言葉に促されるように、小枝は店員の項に目をやる。 見たところ、店員は自分とそう変わらない年令かと小枝は思った。 妙齢の女性の項には白いものがひと筋かき上げられ、それが妙に色気立っていることは、女の小枝にも感じられた。 立ち去りがたく言葉を繰り返す男性客に対し、小さく笑って遠慮がちに 「ありがとうございます」 と宣う店員の本音は、実際のところどうなのかと小枝は気になった。 それにしてもこの老人。 気持ちの中にその想いを留めておくことはできなかったのだろうか。 下手をすればセクハラではないかと、小枝はやや呆れた。 だが、その時のやり取りを含め、目にした光景と二人の心情(想像するしかないが)を小枝はのちに何度も思い返すのだった。
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