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小枝を待ちながら、貴彦は持ち帰った洗濯物を洗濯機に放り込む。明日、家政婦のおばちゃんに任せようと。
身体は好調で、運動不足は感じたが、入院していたとは思えないほど元気だった。
但し、貴彦の身に起こった事件が現実と物語る痕跡がある。頭部を覆う包帯だった。
頭髪は全て剃られ、包帯をぐるぐる巻きにされていた。
貴彦はその包帯の上にグレーのキャップ帽を被っていた。
多分秋子が気を利かせたのだろうと彼は思っていて、目覚めた時には既に被っていた。
(髪が生え揃うのにどのぐらいかかるかな。キャップをいくつか買っておこう)
洗面所の鏡に向かってそんなことを考えていた時、チャイムが鳴り来客を知らせる。
(小枝だ)
貴彦はインターフォンに駆け出し、モニターを見つめながらフリーズする。
そこに映る榊の姿を幻と感じたのだ。
思わず目を瞬いた。
携帯が繋がらなかったからかと、仕事の話をすることもそうだが、もうすぐ小枝が来るというのにと、なんとなく不快な気持ちで通話ボタンを押す。
「榊、お前か。どうした?」
榊はモニター越しに真っ直ぐ貴彦に目を向けている。
「話がある」
貴彦はため息をつく。
「悪いが...」
貴彦の断りの言葉を遮り、
「彼女は来ない」
と榊は告げる。貴彦は耳を疑った。
「え?」
榊はイラつき、カメラに一歩近づき壁に片手を付くと乱暴に言い放つ。
「いいから、さっさと通せ。中で話す」
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