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間もなく榊がエレベーターで上がってきた。
貴彦は玄関ドアを背中で押さえ、状況のわからないイライラを隠そうともせず、腕組みをして待っていた。
榊は、挨拶替わりに片手を挙げながら貴彦の横をすり抜け、部屋に上がった。
「小枝が来ないってどういうことだ?なんでお前が…」
榊の背中に声をかけ、はたと気がついた貴彦。
昨日、小枝の様子がおかしかったのは、体調のせいではなく、何かあったせいなのでは、と。
「いいから座れよ」
榊はソファーに座り、貴彦に促したが、彼はそれを無視した。
「話せよ。小枝になにをした?」
榊は、貴彦の見当違いに腹を立てることなく本題に入る。
「小枝さんはお前の実家の事を知ったんだ。洗いざらいね」
「え…どうして…お前が話したのか?」
そうと思ったわけではなかったが、榊が小枝に横恋慕をしているかもしれないと考えれば可能性は無くもなく。
「それは…将一さんだよ」
榊は小さく舌打ちし、吐き出すように答えた。
「兄貴が…ああ、やはりあの時…」
貴彦はカウンターの椅子に腰をおろし、頭を抱える。
昨日、兄が来ていると告げた小枝の顔が浮かぶ。
(あの時の表情は、何かを物語っていたに違いないのに…)
貴彦は後悔の淵に沈んだ。自分の口から伝えるべきだったと。
(だが…小枝が何も言わない事を選んだのは何故?)
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